命にふさわしい

1998年生まれの随筆とエッセイ

夢の世界は実在するのか

寝ぼけ眼でブログを書こうと思ったのは、さっき気になる夢を見たからです。


気づくと自分は高校生時代の知り合いと大きなスクリーンのあるシアターにいる。座席には顔見知りや幼馴染の顔がちらほら。久しぶりに見る教師の顔もある。親戚も駆けつけてきたらしい。そして、会場内で一番緊張している自分。状況や会話内容から察するに、どうやら自分はこれから放映される映像作品に出演しているらしいのだ。だが結局、いざ自分も座席に座り、いよいよ放映開始というところで目が覚めてしまう。


そんな夢でした。
目が覚めた瞬間、哲学における独我論の事を思い出しました。

独我論(どくがろん、英: solipsismソリプシズム)は、哲学における認識論の見方の一つで、自分にとって存在していると確信できるのは自分の精神だけであり、それ以外のあらゆるものの存在やそれに関する知識・認識は信用できない、とする。


つまり、世界は自分が認識しているから存在するのであって認識されない世界は実在しない、全ては自分の意識の中にのみ存在し自分の意識を離れては何物も存在しない、総合して端的に言うと、世界の全ては幻だという見方のことです。
認識すること抜きで物事の存在を証明する術がない以上、この独我論は完全に否定することが出来ないとされています。


なので、目が覚めたときに夢の中で起きていたことを自分が認識したということは、夢の中の世界が実際に存在するものだということになりますよね。
独我論の見方を借りればの話ですが。

だから

気づくと自分は高校生時代の知り合いと大きなスクリーンのあるシアターにいる。座席には顔見知りや幼馴染の顔がちらほら。久しぶりに見る教師の顔もある。親戚も駆けつけてきたらしい。そして、会場内で一番緊張している自分。状況や会話内容から察するに、どうやら自分はこれから放映される映像作品に出演しているらしいのだ。だが結局、いざ自分も座席に座り、いよいよ放映開始というところで目が覚めてしまう

そういう世界が実際に存在しているということになります。


そして、そういう世界を認識しなくなり意識が離れてしまったとき、つまり夢の内容を忘れてしまったとき。
そのときに、そんな世界は実在しないものになってしまうのです。


人間はなぜか夢の内容をすぐに忘れてしまうようになっているので少し悲しいですね。

記憶のことについては脳科学の分野で、専門外なのでまた勉強しておこうと思います。



さて、今回は哲学における認識論の見方の一つ「独我論」と「夢の中の世界」とを絡めて書いてみました。

思っていた以上に壮大な内容になってしまいましたが、こいつ寝ぼけてるなぐらいのスタンスで読んでいただけてると助かります。

哲学は少しかじった程度なので、矛盾している部分があればコメントやツイッター等でご指摘の方よろしくお願いします。


















あ~眠い、自販機でモンエナ買ってこよ。