命にふさわしい

1998年生まれの随筆とエッセイ

負け犬のすゝめ

最近はgleeという海外の学園ミュージカルドラマにハマってる。

その中でgleeの生徒たちが大会で歌った曲にとても感銘を受けた。

gleeクラブの生徒たちは”ダサい”という理由で、校内で勝ち組の生徒や先生からいじめを受けており、自分たちの事を”負け犬”だと感じていた。

そんな時に顧問のシュー先生が”負け犬”をテーマで生徒たち自身に大会用の曲を作らせる。

そして出来上がったのがgleeを代表する人気ソングになったこの曲。


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Loserというのは”負け犬”という意味です。

この曲の和訳は

私なんか無価値だって思うかもしれないけれど
でもあなたが憧れる人たちは
きっと私みたいな人だったのよ
私なんか化け物だって思うかもしれないけれど 気にしないわ
でもねぇ ちょっと考えてみて
きっと気持ちが変わるだろうから

あなたが私の目の前にぶちまけた泥だけど
簡単にキレイにできたわ
ざまぁみろ
いつの日か あなたが私の名前を叫ぶでしょうね
その時私は振り返って こう言ってやるわ
ざまぁみろ

どうぞあなたの口を動かして 悪口を言ってちょうだい
皆に聞こえるようにね
思う存分私を殴ってちょうだい
全然気にしないから
いずれあなたは気づくでしょうね
あなたがなりたいのは
負け犬だって
私みたいなね

僕をロッカーに押し付けられても
その手を払うことしかできないけれど
僕が君の守護神の時は 君を守るよ
君の敵の事を考えてるんじゃない
だって僕はスーパースターになれるだろうから
君が洗車してる時でも 僕は君を守るよ
あなたが私の目の前にぶちまけた泥だけど
簡単にキレイにできたわ
ざまぁみろ
いつの日か あなたが私の名前を叫ぶでしょうね
その時私は振り返って こう言ってやるわ
ざまぁみろ

どうぞあなたの口を動かして 悪口を言ってちょうだい
皆に聞こえるようにね
思う存分私を殴ってちょうだい
全然気にしないから
いずれあなたは気づくでしょうね
あなたがなりたいのは
負け犬だって
私みたいなね

そう 私みたいな

ねぇそこの君
手でLを作ってあげてごらん
ねぇそこの君
Lを作ってごらん 俺たちは気にしないから
木の枝でも投げろよ
石だって投げてみろ
ロケットみたいに俺たちが進んでいくのを見とけよ
LOSER これが俺達さ

どうぞあなたの口を動かして 悪口を言ってちょうだい
皆に聞こえるようにね
思う存分私を殴ってちょうだい
全然気にしないから
いずれあなたは気づくでしょうね
あなたがなりたいのは
負け犬だって
私みたいなね

どうぞあなたの口を動かして 悪口を言ってちょうだい
皆に聞こえるようにね

思う存分私を殴ってちょうだい
全然気にしないから

いずれあなたは気づくでしょうね
あなたがなりたいのは

負け犬だって
私みたいなね

負け犬だって
私みたいなね

負け犬だって
私みたいなね

となっています。

良い歌詞ですね、かっこいいですね、こういう生き方には憧れます。

”負け犬でもいいじゃないか”そう思える曲でした。


そしてここからは、少し自分語りを。

まず、自分は一族の中では完全な”負け犬”だ。

サマーウォーズという映画では、本家に親戚一同が集合する。

自分の親戚一同が集まれば、サマーウォーズのあの大一族を遥かに超える大人数になる。

父も母も四人兄弟で、その兄弟たちも子供も四人兄弟、その子供も数人。

人数が多すぎていとこの名前も覚えきれていないし、笑っちゃう。

自分が通っていた高校に、いとこ数人も以前通っていたらしいけど、その中の二人は学年一位の成績で生徒会にも入っていて部活では全国大会に出場し、有名大学へも進学し、母校の古くからいる先生方たちの間では有名人だった。

いとこだと話すと驚かれたし、入学当初はとても期待されていて、自分の無能さがばれないように必死だった。特に教師の前では。

親戚のおじさんおばさんは議員に、PTA会長、税理士事務所の設立者ととにかく有能揃い。

いとこは教師に、海外勤務のエリート、唯一の年下いとこ二人は揃って中学受験と、近況を聞くたびに何とも言えない気持ちになる。

自分が”負け犬”だと思い知っては鼻の奥がツンとなっていたたまれなくなる。

だから、親戚のあつまりは嫌いだ。

幼いころは成績も良くてテストは満点ばかり、図工の作品で表彰台に上がったり、野球もサッカーも生徒会活動?もしていてなんでも出来ていたから、一族の集まりでも称賛されていた。

「一族が有名になるカギはお前が握ってるんだからな!期待してるぞ!」と酔ったおじさんに言われ、親戚一同に期待の拍手をされたこともあった。

小学校でも先生同士の会話を盗み聞きしたときに、「〇〇ちゃんは天才だから〇〇高校にも入れると思うわ」という自分についての話を聞いたことがあった。

当時はなんとも思っていなかった。

親には褒められることも期待されることもなかったし、自分の発言や行動は否定され続けてきたから、親戚や先生が勘違いしているんだと思ってた。

親が正しいと思い込んでいたからね。

そして、今では立派な”負け犬”になった。

一族の集まりに行っても誰も話しかけてはくれないし、酒が入ると説教してくる人も出てくるしで、一人外を散歩するのが恒例になった。

いつから負け犬になったんだろう。いつから期待されなくなった?

そんなことを考えていたし、今でもお盆や正月に思い出す。

惨めな気持ちになるんだ、やっぱり。このブログを書いていてもやるせなくなる。





それでは、また。




Ⅿ